「勝ったのは柴田政人とウイニングチケット!!」 第60代日本ダービー馬・ウイニングチケット物語
その2 |
||
|
![]() |
|
|
やがてウイニングチケットは、伊藤師の見立てに違うことなく、同じ年に生まれた馬たちと並んでも決して先頭を譲らない高い能力、そして勝負根性を見せるようになっていった。 |
|
伊藤師は、まずウイニングチケットのデビュー戦を札幌での新馬戦に決めた。柴田騎手は、毎年夏競馬では、北海道で騎乗することが多い。中央開催が始まってからでは、柴田騎手に本拠地の違う伊藤厩舎の馬に乗ってもらえる可能性は低くなる。 |
|
柴田騎手は、伊藤師の依頼になかなか首を縦に振ろうとはしなかった。彼は、自分が勝たせることができなかった新馬戦へのこだわり、関東の自分が主戦騎手となることで生じるローテーションの調整の難しさなどを気にしていた。・・・だが、伊藤師の思いはひとつだった。 |
|
記:1999年5月28日 補:1999年6月4日 2訂:2000年9月3日 3訂:2003年03月31日 |
| このページのMIDI音源は(株)YAMAHAの提供によるフリー素材です。 ※BGM不要の方はhttp://www.retsuden.com/vol15-02a.html へどうぞ。 このページはInternet Explorer 4.0以上で御覧になることをお勧めします。SORRY, JAPANESE ONLY |