「疾走の馬、青嶺の魂となり」 そう刻まれた墓碑とともに、自らの思い出の場所である京都競馬場の一角に、かれは今も眠っている
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人の世に流行り廃りがあるように、競馬の血統にも流行り廃りがある。というよりも、経済動物であるサラブレッドの場合、その栄枯盛衰は人の世よりもはるかに激しい。 |
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ライスシャワーが生まれたのは1989年3月5日、場所は登別にあるユートピア牧場である。 |
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ライラックポイントは、競走馬としてもなかなかの成績を残し、中央競馬で4勝をあげた。牧場へ帰ってきてからのライラックポイントは、ライスシャワーの前にも3頭の子を出したものの、いずれも特筆するような成績は残せなかった。しかし、ユートピア牧場の人々は、ライラックポイントの潜在能力に期待をかけて、リアルシャダイを交配することにした。 |
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ただ、こうして生まれたライスシャワーが生まれながらに大きな期待を背負っていたわけではなかった。生まれたばかりのライスシャワーは、馬体こそバランスがとれていたものの、体格があまりに小ぶりで、さらに体質、脚部が弱かったこともあって、決して大物感を漂わせた存在ではなかった。育成段階でも、最初のうちは同世代の馬たちにむしろ遅れがちで、期待感よりは「この程度でどこまでやれるのか」という不安の方が先に立つ馬だった。 |
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記:2001年03月01日 文:「ぺ天使」@MilkyHorse.com |
| BGM:B.S.Bach作曲 (C)「Linten to Bach!!」 カンタータ第146番BWV146「我らあまたの苦難を経て」 ※BGM不要の方はhttp://www.retsuden.com/vol32-00.html へどうぞ。 このページはInternet Explorer 4.0以上で御覧になることをお勧めします。SORRY, JAPANESE ONLY |